イムラーン一家 ーメディナ啓示、全200節ー より
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作成日時 : 2011/11/01 23:51
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かしこくもアッラーはアーダム(アダム)とヌーハ(ノア)とイブラーヒム(アブラハム)一家とイムラーン一家(回教ではイエス・キリストの母マリアの父親はイムラーンである)とを選び出して、あらゆる人の上に置き給うた。彼らは次々に後を継いだ。アッラーは全てを開き、あらゆることを知り給う。
イムラーンの妻(聖母マリアの母親に当る)が「主よ、わが胎内に宿ったものを妾(わらわ)は汝に献げ奉ります。なにとぞ妾からこの(ささげ物を)お受け下さりませ。まことに汝は全てを開き、あらゆることを知り給う」と言った時のこと。いよいよ女児を分娩したとき彼女は言った、「主よ、妾の産んだ子は女でございました」ーアッラーは彼女の産んだものが(男か女か)いうことぐらい(彼女より)もっとよく御存知。男の子と女の子は勿論違うー「そして妾はこの子の名をマルヤム(マリア)とぐけましてございます。この子と、それからこの子の子孫とを汝の御加護にゆだね奉ります。どうかあの呪われたシャイターン(サタン)から守ってやって下さいまし」と。そこで主はその子を御嘉納あらせられ、すくすくと育て給うた。娘の世話をしたのはザカーリヤ(バプテスマのヨハネの父ザカリア。この箇所は「ルカ伝」第一章に述べられているキリスト教の伝承を回教的に展開したもの)だが、聖処にいる彼女のところへザカーリヤが入って来て見ると、いつもきまって彼女の傍にちゃんと食物が置いてある。「マルヤム、これはまあ一体どうしたことじゃ」と訊ねると「アッラー様から戴きました」と言う。まことにアッラーは誰でも御心のままに、勘定なしで養育し給う。
そこでザカリーヤーは主に祈った、「主よ、なにとぞお情けをもちまして、この私めに立派な子孫をお授け下さい。まことに汝は祈りをよくおききとどけ下さる方でござります」と。かくて彼が聖処に立って祈っていると天使らが彼に呼びかけて、「かしこくもアッラーは汝に嬉しいお告げを下さるぞよ。(やがて汝に)ヤフヤー(ヨハネ)(という子が生まれるであろう)。彼こそはアッラーの御言葉(ロゴス、すなわちイエス・キリストのこと)の確証者となり、(人々の)指導者、純潔なる者、義(ただ)しき人々の中での預言者となるであろうぞ」と。
(ザカーリヤ)は言った「主よ、どうしてこの私に息子などできるはずがありましょう。私はもうこのような老人、妻は不妊(うまずめ)でございますのに」と。するとそれにお答えがあった、「このようにアッラーは何事でも御心のままになし給うのじゃ。」
そこで「主よ、では何かお徴を示して下さりませ」と言うと、「まる三日の間、お前は口がきけず、手ぶりだけで他人と話すことになろう。これがお前に授ける神兆じゃ。主の御名を何遍も唱えて、朝な夕な、主の栄光をたたえ奉れよ」とのお答えだった。
それから天使らは(マルヤムに向かって)言った、「これマルヤム、かしこくもアッラー様がお前をお選びになり、お前をお浄めになり、そしてお前をありとあらゆる女の上に選び挙げ給うた。マルヤムよ、お前はすべて主の御心のままに従い、ひれ伏し跪いてみんなと一緒にあがめまつらなくてはいけないぞ」と。
(ここからアッラーはマホメット一人に向かって語りかける)これはみなもともと不可知なる事柄に属する話であるが、それを特にお前にだけ開示してつかわすのじゃ。お前は、あの連中が占矢を投げて(古アラビアの籤引きの一種)誰がマルヤムの世話をするか決めようとしていた現場に居合わせたわけではなし、また(そのことで)みんなが言い争っていた現場に居合わせもsなかった(ここでマホメット一人に対するひそかな語りかけは終る)。
そこで天使らは宣言した、「これマルヤム。かしこくもアッラー様の嬉しいお告げじゃ、(お前は)神から発する御言葉(前出、神的ロゴスの意)を(産みまつるであろう)。その名はメシア。マルヤムの子イーサー(マリアの子イエス)。その御方は現世にても来世にても高きほまれを受け、神のお傍近き座につかれるであろう。揺籃(ゆりかご)の中にあっても、また成人してからも人々に語りかけ、義(ただ)しき人となられるであろう。」
彼女が、「主よ、どうして妾に子供などできましょう。まだ誰も妾のからだに触れた男もありませんものを」と言うと、「このようにアッラーは何でも御心のままに創造し給う。何事でもひと度こうと決め給えば、ただ『なれ』と仰しゃるだけでそうなるのじゃ。そればかりか神はその子に聖典と聖智と律法と福音とをお教えになり、イスラエルの子らのもとに使徒としてお遣わしになるであろうぞ。(以下イエスの言葉)『さあ、わしはこうしてお前たちのところへ主のお徴(しるし)を持ってやって来た。お前たちの目の前で、泥で鳥の形を作り、それに息を吹きこめば、アッラーのお許しで、忽ちそれは一羽の鳥となろう。それからわしは盲者や癩患者を癒(なお)し、またアッラーのお許しがあれば死者を蘇らせもしよう。お前らがどんな物を食べているか、また家の中にどんなものを貯めこんでいるかも言い当てて見せよう。これこそお前らのために(下された)神の御しるし、もしお前らに信仰があるならば。
わしはまた、わしの前に(下された)律法を確証し(ユダヤ教の律法(トーラー)も福音と同じく唯一なる天地創造の神アッラーによるものであることを確証し)、かつまたこれまでお前たちに(宗教上)禁じられていたことの一部を解禁してもやろう。わしはほかならぬお前たちの神様の神兆を持ってお前たちのところへ来た者。だからお前たちもアッラーを畏れかしこみ、わしの言いつけに従うがよい。まことにアッラーはわしの神でもあればまたお前たちの神でもあるのだぞ。だからアッラーをあがめまつれ。それこそ正しいみちであるぞ』」と。
「コーラン」 井筒俊彦訳 岩波文庫より
これを打ちこんでいたら
あたまが分裂しそうになった
ではまた明日
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